日本一の民衆の都・大阪🏯
世界の同志は皆、感嘆している。
いな、驚嘆している。
東京の同志も、
燃え上がる関西の同志愛の有り難さに、
心から感謝している。
関西は 強い!
大阪は 強い!
わが常勝の大関西は、
百戦百勝、世界に冠たる、無敵の庶民の王国だ!
関西には、師弟がある。
私と関西の同志の、広布に戦う魂の絆は、
誰も切ることはできない。
汚らわしき権力者の手などに、
毛筋ほども触れさせない。
「師弟に始まり、師弟に終わる」。
これが、常勝関西を築いた精神であった。
五十年前の 昭和二十六年(一九五一年)のこと。
第二代会長に就任なされた戸田先生に、
私は、いち早く申し上げた。
「日本の広宣流布の未来を考えた時、
庶民の都・大阪にこそ、
もっとも早く支部を建設するべきです」
即座に、師は言われた。
「わかった。それなら、大作、君が行って、
君の手でつくり給え」
この二人の師弟の呼吸から、関西は始まったのだ。
当時、大阪には、ほとんど会員はいない。
首脳幹部も、そこに支部をつくることなど
夢想だにしていなかった。
しかし、私は、七十五万世帯の折伏を宣言された
師匠の弟子として、
広宣流布のために何が必要か、
青年らしく考えに考え抜いて、
先生に進言したのである。
首都・東京に対して、西の商都・大阪。
いな、大関西。
ここに、広宣流布の一大拠点ができれば、
その波動は、関西から中国、四国、九州、
さらに全国へと広がることは間違いないからだ。
翌年の昭和二十七年(一九五二年)に大阪支部は
産声をあげた。
この年の八月十四日には私が、
そして、明くる日に戸田先生が、
夏季地方折伏のために、大阪への第一歩を印した。
朝な夕な、私は、師である戸田先生に、
さまざまな報告をしながら、
悠然と、勝利の完遂のために走り抜いた。
関西の同志の方々も、皆、生き生きと一体となっ
て、戦いを開始した。
目が光っていた。
希望に燃えていた。
確信に満ち満ちていた。
「大阪の地から、病人と貧乏人をなくせ!」
戸田先生は、大阪に行かれる信念を、
こう叫ばれた。
それは、大阪の庶民の日から、
不幸と苦しみに涙を拭い去れとの、
決意深き宣言であった。
私は、師匠の悲願を、わが誓願とした。
そのためには、断固として妙法を流布し、
多くの人びとに
「生きる勇気」を与え抜くことだ。
「不幸」な人を救うのが、真実の宗教である。
「悲惨」の二字を転じて、
「幸福」の二字に変えるのが、生きた宗教である。
慰めでも同情でもなく、
そして現実からの逃避の”阿片(あへん)”の
宗教であっても、絶対にならない。
ここに、新たなる人生に、時代に目覚めた、
力強き勇敢なる民衆一人ひとりが、
自分たちの社会の改善を、
社会の変革をと立ち上がったのだ。
「人間のための社会」を建設することは、
民衆の当然の権利であった。
善良な庶民の都・大阪をば、
善意に満ち満ちた民衆の幸福の都に!
この大建設のために、
信心と広布の火蓋は切られた。
それが、昭和三十一年(一九五六年)の初頭より
常勝関西の構築への指揮をとり始めた、
二十八歳の若獅子の決心であった。
そして、七月には参議院議員選挙が予定され、
学会として、大赤地方区に独自の推薦候補を
立てて戦うことが決定されていた。
立てるか立てないか、
苦渋の選択の学会本部であった。
誰もが不可能と考える戦いであった。
内外ともに「無謀だ」「勝てるわけがない」
との声が高まっていた。
しかし、私は、師匠に固くお誓いした。
「何があっても勝ってみせます。
必ず、勝利して先生にお応えしてまいります!」
この年(昭和三十一年)、わが師の誕生のその日、
二月十一日に、私の決意を託して一首を捧げた。
生涯、忘れ得ぬ師弟の劇であった。
今回、その時の歌を、新たな意義を込めて、
わが大関西の全同志に贈りたい。
(なお、当初の「永遠に崩すな」を、
「永遠に崩れぬ」と直させていただいた)
関西に 今築きゆく 錦州城
永遠に崩れぬ 魔軍抑えて

あの日、戸田先生は、即座に返歌を
詠んでくださった。
我が弟子が 折伏行で 築きたる
錦州城を 仰ぐうれしさ
「塵が積もって出来た山はない」
「現実の山は、天地の急激なる大変動のために
出来たものである」
とは、初代会長であられる牧口先生の深い
ご指導である。
先師は、大悪と戦う、大善の大闘争こそ、
生命を根底から変革し、
確固不動の大境涯を築くことができると、
厳しく教えられた。
同じ戦うなら大闘争を!
爆発的な勝利を!
圧倒的な勝利を!
私の使命はただ一つ。
この関西に、難攻不落の錦州城を
築くことであった。
そのために、私は全生命をなげうって、
断じて勝ってみせるとの決心であった。
しかし、一人では、物理的に決して勝てない
数字の戦いであった。
ゆえに、私は、関西の会員に徹底して会い、
激励し、叱咤し、
そして全員を共戦の勇者に育てゆくことを決意し、
実践した。
そこに必ずや、計算以上の人間の魂の、
不可能を可能にしゆく炎が燃え移っていくことを、
確信したのである。
勝ちたい。
勝たねばならない。
勝って、私の師匠に報告することが、
最大の弟子の使命であり、師弟一体の法理を
実践することだ。
私は、そのために力を、力をと、深く祈念する
日々であった。
縁する人びとが、皆、広宣流布の味方となり、
諸天善神となることを、固く確信し、
祈りに祈った。
日本中が注目している、この大阪の弘教の勢いは、
日々月々に、飛躍的に、爆発的に加速していった。
全軍の勢いの原動力は、
リーダーの勢いで決まる。
リーダーの執念で決まる。
私は、捨て身になって打って出た。
ためらうことなく、走りに走り、叫びに叫んだ。
早朝から晩遅くまで、大阪中の街々を、
友の激励に明け暮れた。
行く先々で
「まだ、時間がある」
「まだ、励ませる」
と動くうち、日に二十五、六会場を回ったことも
ある。
全身に汗は流れ、声は嗄れ(か)、
足は棒のようになった。
一日二十四時間という、限られた時間のなかで、
会うべき人、
会って励ましたい人、
連絡をとりたい人は、 あまりにも多い。
この瞬間、この機会を逃したら、
もう会えないかもしれない。
ゆえに必死だった。
拠点から拠点へ、移動する途次(とじ)にも、
「あのお宅は学会員です」と聞けば、
「せめて一分でも」と足を運んだ。
関西本部に来られた会員がいれば、
「せめて一言でも」と声をかけた。
立ち止まることもできず、手を振り、
目で挨拶を交わしながら、
心で題目を送った時もある。
たとえ一瞬でも、心が触れ合えば、
「仏縁」を結ぶことができる。
ただ通り過ぎてしまえば、何も価値は生まれない。
「人と会うこと」 が 「人間革命」 である。
「人と語ること」 が 「広宣流布」 である。
そこには、勇気があり、知恵があり、慈悲がある。
私が行くところ、生命と生命の触発のドラマが
生まれ、歓喜の旋風が起こった。
訪問しても留守だった幹部にも、必ず激励の言葉を
家人に託した。
拠点を回っては、筆をとり、
一気呵成(いっきかせい)に大書した。
「決戦」 「勇戦」、 そして「大勝」
瞬時に、それは波動した。
打てば響くような、共戦の呼吸ができあがってい
た。
大阪の信頼する我が同志は、
私の思いを、
そして決意を、
皆、わかってくれた。
勇んで苦楽を共に奮闘してくださった。
関西の友と一緒に拝した御書は数知れない。
そのなかの一節に、こう仰せである。
「一日の命は三千界の財にもすぎて候なり」
(御書P986)
かけがえのない「今日」を悔いなく戦い、
広宣流布のため、人びとのために生ききれ!
「常勝」とは、
断固として「今を勝つ」ことだ。
「今日を勝つ」ことだ。
この大聖人の御精神のままに激戦をくぐり抜け、
関西は遂に、 遂に勝った!
あの激動の昭和三十一年(一九五六年)の五月。
我らは、本尊流布一万一千百十一世帯の大金字塔を
打ち立てたのだ!
ここに、常勝不滅の関西の広宣流布の錦州城は、
その基礎を盤石に固めたのであった。
そして、学会として初の、あの七月の参議院議員
万歳と喝采が轟きわたる大栄冠を勝ち取ったのであ
る。
この関西の大勝利は、
翌年七月、陰険な魔性の権力によって、
御書の仰せ通りに、迫害の嵐を呼ぶことになった。
いうまでもなく、有名な、”大阪事件” である。
偉大なる関西は、
四十五年前(昭和三十一年)のあの大闘争を、
幾たびとなく再現しながら、赫々(かつかく)たる
常勝の栄光の歴史を正確に刻んでこられた。
新世紀の 新たな 常勝の 歴史は、
いま再び、大関西に始まった。
その第一歩の年の勝利こそ、「常勝後継」の命綱と
なるだろう。
大関西よ、 執念を燃やせ!
最後の最後まで、
勇気と正義の一歩、
また一歩を!
常勝関西は、
その名誉と使命を、
断じて忘れることなく、
勝ちまくってくれ給え!
私と共に!
〜📖『随筆 平和の城』〜
21世紀も常勝! 我らが使命と誇り
2001年7月14日

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人生の目的とは…
人生の 目的は 何か
「勝利者」になること
「幸 福」になることだ。
では
「幸福」とは 何か
その 中身は
「充実」です
「充実」とは 何か
「苦難」と戦うことです。
苦難 がなければ 充実はない
充実がなければ 幸福ではない
何の苦労もない幸福など、 どこにもない。
皆 この”戦う”という 途中の道を忘れて
幸福という 結果だけを 求めている
苦難を乗り越えていくことが
充実の幸福なのです。
仏法は 勝負です。
困難に勝つためにある!
2023.5.14
「四条金吾」③ ”完”
【子どもと学ぶ 日蓮大聖人の門下たち】
「目的」⇒成し遂げたいこと
「目標」⇒゛目的゛のために達成すべきことや通過点

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単なる 受け身 とも 諦め とも 違う。 そこに本当の生きる強さを見た…
銘木店(めいぼくてん)を営む多宝会(たほうかい)
の 壮年部員が語っていた。
「とても頑丈な木は、まず例外なく、
厳しい風雨に打たれたものだね。
前後左右に揺さぶる強風に耐えて耐えて
強くなるんだな」
そうした木々に ”生き抜く力” を教わったという
壮年は続けた。
「自力で移動できない木は、
今いる場所に 根を張り、成長していくことを
” 受け入れた ” のだ。
でも、それは
単なる ” 受け身 ” とも ゛諦め ゛とも 違う。
そこに 本当の 生きる強さを 見た」と
ある男子部員は、
症状は進み、最近は息子の彼を見ても
「どちらさま?」と聞いてくる。
ある日、
信心の話題になった。
彼が「僕は 池田先生の弟子なんです」と
口にすると、 母は言った。
「あら奇遇ね。 私の人生の師匠も 池田先生よ」
彼は心で叫んだ。
” 先生の偉大さを教えてくれたのは、
お母さん、あなたです ”
感謝 と 涙があふれる中、
彼は ” 今度は 僕が 母を 守り抜いていく ” と
固く誓った。
無論、
現実の日常生活での苦労は多い。
母は 毎日、同じ事を、何回も 聞いては
確かめてくる。
そうした日々にあって、母子は何度も
「自分の師は 池田先生です」と
誇り高く 語り合っているという。
信心で磨いた、
生きる力の光は 決して消えることはない。
2023.6.9 【名字の言】

〜 聖教新聞 〜
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愚かなる人間と墜ちていくか 、厳しい勝敗の分かれ道がある。
「師の指導」を、
わが身に引き当てて
真摯に姿勢を 正していくのか
他人事のように
聞き流していくのか
この ✨一念✨の
厳しき差に
師弟を貫いていけるか
愚かなる人間と 墜ちていくか
厳しい勝敗の分かれ道がある。
ゆえに
仏法は「勝負」だ と仰せなのだ。
常に 常に また常に
「今」である
「今から」なのである。
〜2022.10.4 聖教新聞〜
『希望の指針 池田先生の指導に学ぶ
任用試験に向けて(中)』
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正義が 力 を持つためには、どうすればよいのか
それは、 一人でも多く、
力ある 正義の人を 育てることです。
師弟の絆ほど、
美しく 強いものはない。
師弟とは
ある意味で 親子以上の関係です。
親子は、動物にもありますが、
師弟は、人間にしかない。
師弟があってこそ、
本当の 学問があり、英知があります。
師弟あればこそ、
弟子は困難に飛び込んでいける。
師弟がなければ、
命を懸けた 信念の戦いを 貫くことは 難しい。
人格を鍛える 根本の力も 師弟です。
それが、
師弟に生き抜いた 私の実感です。
〜2023.7.9 聖教新聞 〜

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” 良き生き方 ” の実践とは…
人と会い、良きメッセージ を与えていくことです。
それは、小さいことのようですが、
じつに大切なことなのです。
私たちが、一人の人間に
啓発を与えることができれば
その一人が、
他の人に 良き影響を与えていきます。
それによって
社会に ” 善 ” が広がります。
「自他共の幸福」を目指す
「 良き生き方 」こそが
社会を動かしていく。 ……
〜2022.9月号 大白蓮華 〜

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悪人は 結託するが、善人は 孤立して弱いままだ。
『ギブ&テイク』は、
相手に利益を与え、
自分も相手から利益を得ること。
この点で組織心理学者の アダム・グラント氏は
3タイプの人間がいるという
(GIVE&TAKE「与える人」こそ成功する時代』
三笠書房)
① ギバー (Giver)は
「他者を中心に考え、相手の利益に喜びを
見いだす人」
② テイカー (Taker) は
「自分の利益を優先する人」
③ マッチャー (Matcher)は
「損得のバランスを取る人」
仕事の成果を調べると、
最高の成績は 「ギバー」。
「情けは人のためならず」で、
相手のためが やがて自分に戻ってくる。
だが一方で、
最低の成績も 「ギバー」だった。
なぜ そうなるのか。
成績が芳(かんば)しくない人は、
何もかも請け負い 自分を 見失いがちだった。
対して、
成績が良かった人は、
周囲と協力していたという。
「人のために尽くす」のは
人間の美徳だが、その行動が実を結ぶには、
周りと協力し、 団結する必要がある。
1人で抱え込まないことである。
創価の父・牧口 常三郎先生は、
゛悪人は 結託するが、
善人は 孤立して 弱いままだ。
だから、社会は良くならない゛と
喝破(かっぱ)した。
この社会の宿命を転換するために、
創価学会は生まれた。
善(よ)き人々が 団結して 進む中に、
一人 一人の 人間革命も、 立正安国もある。
〜2022.6.3 【名字の言】〜

〜2024/5/7 『聖教新聞』〜
〚聖教新聞〛
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